かり雁 wild gooseの どうじ童子 boy

みやざわ宮沢 Miyazawa (p,s) けんじ賢治 Kenji (m)

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[ ひょうき表記 (vs) declareについて]

● ていほん底本 original textに したが従 い to follow、 しょうがっこう小学校 primary school1・2 ネン年 yearの がくしゅう学習 (vs) study はいとう配当 share かんじ漢字 Chinese charactersを のぞ除 く to except漢字には ルビ rubyをつけた。 ただし however、 どういつ同一 identical ごく語句 wordsについてはルビは しょしゅつ初出 first appearance のみ (suf) onlyにつけた。

●ルビは「 ルビ漢字 」の けいしき形式 formで しょり処理 (vs) processingした。

●[※ ばんごう番号 number]は、 にゅうりょく入力 (vs) input シャ者 personの ホ補 supplement ちゅう注 (vs) annotationを しめ示 す to denote。補注は、 ファイル fileの まつび末尾 endに お置 いた to place。

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   るさ流沙 Rusa (loc)[※1]の みなみ南 southの、 やなぎ楊 willowで かこ囲 まれた to surround ちい小 さな small いずみ泉 springで、 わたくし私 myselfは、 いった to roast むぎこ麦粉 wheat flourを みず水 waterにといて、 ひる昼 noonの しょくじ食事 (vs) mealをしておりました。

  そのとき、 ひとり一人 one personの じゅんれい巡礼 pilgrimageの おじいさん male senior-citizenが、 やっぱり (id) (uk) also食事のために、そこへやって き来 ました to come。私たちは だまって to be silent かる軽 く light れい礼 bowをしました。

   けれども however、 はんにち半日 half day まるっきり completely ひと人 personにも であ出会 わない to come acrossそんな たび旅 (vs) travelでしたから、私は食事が すんで to finishも、 すぐに instantly泉とその としと年老 to ageった巡礼とから、 わか別 れて to part fromしまいたくはありませんでした。

  私は しばらく little whileその ろうじん老人 the agedの、 たか高 い tall のどぼとけ咽喉仏 adam's appleのぎくぎく うご動 く (vi) to moveのを、 み見 る to seeとも なしに without見ていました。 なに何 か something はな話 し か掛 けたい to talk (to someone)と おも思 いまし to thinkたが、どうもあんまり むこ向 う the other partyが しず寂 か (an) quietなので、私は少し きゅうくつ uneasyにも思いました。

  けれども、 ふと suddenly私は泉の うしろ behindに、小さな ほこら祠 small shrineのあるのを みつ見付 けました to discover。それは たい大 へん very小さくて、 ちりがく地理学 geography者や たんけんか探険家 explorerならば ちょっと somewhat ひょうほん標本 exampleに も持 って い行 け to takeそうなものではありましたが まだ yet まった全 く indeed あたらしく new き黄 いろ yellowと あか赤 redの ペンキ (nl:) paint (nl: pek) さえ even ぬ塗 られて to paint いかにも really いよう異様 oddに思われ、その まえ前 に beforeは、 そまつ粗末 (an) crudeながら いっぽん一本 one long thingの はた幡 flagも た立 って to standいました。

  私は老人が、もう食事も おわ終 り the endそうなのを見てたずねました。

「 しつれい失礼 (an) (vs) (id) discourtesyですがあの お どう堂 hallは どなた (uk) who?を おまつり worshipしたのですか。」

  その老人も、 たしかに certainly何か、私に話しかけたくていたのです。だまって二、三 ど度 times (three times, etc.) うなずき (uk) to nodながら、そのたべものを のみ くだ下 して to swallow、 ひ低 く (vs) lowering い言 いまし to sayた。

「……童子のです。」

「童子って どう い云 う (uk) what kind of かた方 personですか。」

「雁の童子と お仰 っしゃる (IV) (hon) to sayのは。」老人は しょっき食器 tablewareをしまい、 かが屈 んで to lean over泉の水をすくい、 きれい cleanに くち口 mouthを そそいで to pour (into)からまた云いました。

「雁の童子と仰っしゃるのは、 まるで so to speak この ごろ頃 recentlyあった むかし昔 ばなし legendのようなのです。この ちほう地方 areaにこのごろ お降 りられました to descend てんどうじ天童子 だというのです。このお堂はこのごろ流沙の むこ向 う がわ側 opposite sideにも、 あちこち here and there た建 って to be builtおります。」

「 てん天 heavenの こども childが、降りたのですか。 つみ罪 crimeがあって天から なが流 された to floatのですか。」

「さあ、よくわかりませんが、よくこの へん辺 vicinityでそう もう申 します to say。 たぶん多分 perhapsそうでございましょう。」

「いかがでしょう、 き聞 かせて to tell くだ下 さい pleaseませんか。 お いそ急 ぎ urgencyでさえなかったら。」

「いいえ、急ぎはいたしません。私の き聴 いた to hear だけ justお はなし話 (io) talkいたしましょう。

   さしゃ沙車 Sasha (loc)[※2]に、 すりや須利耶 Suria (s) けい圭 Keiという人がございました。 めいもん名門 noted familyではございましたそうですが、 おちぶれて to come to ruin おく奥 さま his wifeと ふたり二人 couple、ご じぶん自分 oneselfは昔からの しゃきょう写経 copying sutrasを なさり (IV) (hon) to do、奥さまは はた機 loomを お織 って to weave、 しずか peacefulに くらして to liveいられました。

  ある あけがた明方 dawn、須利耶さまが てっぽう鉄砲 gunをもったご自分の いとこ従弟 cousin (male, younger than the writer)のかたとご いっしょ一緒 に together (with)、 のはら野原 fieldを ある歩 いて to walkいられました。 じめん地面 groundは ごく very うる麗 わしい beautiful あお青 い blue いし石 stoneで、 そら空 skyが ぼうっと faintly しろ白 く white み見 え appearance、 ゆき雪 snowも ま ぢか近 soonでございました。

  須利耶さまがお従弟さまに仰っしゃるには、 お まえ前 (fam) you (sing)も さような (an) such なぐさ慰 み comfortの せっしょう殺生 killingを、もう いい かげん加減 right やめたら to stop どう how aboutだと、 こ斯 う thusでございました。

   ところが however従弟の方が、 まるで as though すげなく gruff、やめられないと、ご へんじ返事 (vs) replyです。

(お前は ずいぶん extremely むごい cruel やつ (vulg) fellowだ、お前の いた傷 めたり to damage ころ殺 したり to killするものが、 いったい一体 what on earth? どんな what kind ofものだかわかっているか、どんなものでも いのち (mortal) lifeは かな悲 しい sorrowfulものなのだぞ。)と、須利耶さまは かさ重 ねて once more おさとし admonitionになりました。

(そうかもしれないよ。けれどもそうでないかもしれない。そうだとすれば おれ I (boastful first-person pronoun)は いっそう一層 much more おもしろい amusingのだ、まあそんな くだ下 らない to get down話はやめろ、そんなことは昔の ぼうず坊主 Buddhist priestどもの言うこった、見ろ、向うを雁が行くだろう、おれは しと仕止 めて to bring down (a bird) み見 せる to show。)と従弟のかたは鉄砲を かま構 えて to set up、 はし走 って (I) to run見えなくなりました。

  須利耶さまは、その大きな くろ黒 い black雁の れつ列 queueを、 じっと steadily なが眺 めて to gaze at た立 たれました to stand。

  そのとき にわ俄 かに suddenly向うから、黒い とが尖 った pointed だんがん弾丸 bulletが のぼ昇 って to ascend、 まっ さ先 き the foremostの雁の むね胸 breastを い射 ました to shoot。

  雁は二、三べん ゆ揺 らぎました to tremble。 み見 る み見 る very fast からだ bodyに ひ火 fireが も燃 え だ出 し break out in flames、 よ世 worldにも かな悲 しく sad さけ叫 び to cryながら、落ちて まい参 った (hum) to goのでございます。

  弾丸が また again昇って つぎ次 nextの雁の胸を つらぬきました to go through。それでもどの雁も、 に遁 げ to escapeはいたしませんでした。

   かえ却 って rather な泣 き さけ叫 び to cry and shoutながらも、落ちて来る雁に したが随 いました to follow。

   だいさん第三 the thirdの弾丸が昇り、

  第四の弾丸がまた昇りました。

  六発の弾丸が六疋の雁を きず傷 つけまして to be wounded、 いち一 ばん first しまい endの小さな いっぴき一疋 one (small) animalだけが、傷つかずに のこ残 っていた to remainのでございます。燃え叫ぶ六疋は、 もだ悶 え to be in agonyながら空を しず沈 み to sink、しまいの一疋は な泣 いて to cry随い、それでも雁の ただ正 しい right列は、 けっ決 して never みだ乱 れ to be disorderedはいたしません。

  そのとき須利耶さまの おど愕 ろき surpriseには、 いつか (uk) sometime雁が みな all空を と飛 ぶ to fly人の かたち形 formに かわ変 って (vi) to changeおりました。

   あか赤 い red ほのお焔 flameに つつ包 まれて to be engulfed in、 なげ歎 き grief叫んで てあし手足 one's hands & feetをもだえ、落ちて参る五人、それからしまいに ただ只 only一人、 まった完 い safeものは かわい可愛 らしい lovely天の こども子供 childでございました。

   そして (conj) (uk) and須利耶さまは、 たしかに surelyその子供に みおぼ見覚 え recognitionがございました。 さいしょ最初 (a-no) beginningのものは、 もはや already地面に たっ達 しまする to reach。それは白い ひげ鬚 beardの老人で、 たお倒 れて (vi) to collapse燃えながら、 ほねだ骨立 った osseous りょうて両手 both handsを あわ合 せ to fold hands、須利耶さまを おが拝 む to begようにして、 せつ切 なく painful叫びますのには、

(須利耶さま、須利耶さま、おねがいでございます。 どうか somehow私の まご孫 grandchildを お つ連 れ take along下さいませ。)

   もちろん of course須利耶さまは、 は馳 せ よ寄 って 申されました。《いいとも、いいとも、 たし確 かに certainlyおれが ひ引 き と取 って to take charge ofやろう。 しかし (uk) however一体お前らは、 どうした What's wrong?のだ。》そのとき つぎつぎ次々 one by oneに雁が地面に落ちて来て も燃 えました to burn。 おとな大人 adultもあれば うつく美 しい beautiful ようらく瓔珞 jewelled necklaceをかけた おなご女子 girlもございました。その女子は まっかな (an) deep red焔に燃えながら、 て手 handをあのおしまいの子に のばし to reach out、子供は泣いてその まわり surroundingsをはせめぐったと申しまする。雁の老人が重ねて申しますには、

(私 ども共 allは天の けんぞく眷属 clan[※3]でございます。罪があって ただいま just nowまで雁の形を う受 けて to undergoおりました。 ただいま只今 right now むく報 い to recompenseを はた果 しました complete。私共は天に かえ帰 ります (I) to go back。ただ私の一人の孫はまだ帰れません。これはあなたとは えん縁 destinyのあるものでございます。どうぞあなたの子にしてお そだ育 て raiseを ねが願 います request。おねがいでございます。)と欺うでございます。

  須利耶さまが申されました。

(いいとも。 すっかり thoroughly わか判 った to understand。 ひ引 き う受 けた to guarantee。 あんしん安心 (vs) reliefしてくれ。)

  すると老人は手を こす擦 って to rub地面に あたま頭 headを た垂 れた to lowerと思うと、もう燃えつきて、 かげ影 shadeも かたち formもございませんでした。須利耶さまも従弟さまも鉄砲をもったまま ぼんやり (vs) absent-mindedと立っていられましたそうでいったい二人いっしょに ゆめ夢 を み見 た to dreamのかとも思われましたそうですがあとで従弟さまの申されますにはその鉄砲はまだ あつ熱 く hot (thing)弾丸は へ減 って (vi) to decrease (in size or number)おりその みんな everyoneの ひざまずいた to kneel ところ所 placeの くさ草 grassはたしかに倒れておったそうでございます。

  そしてもちろんそこにはその童子が立っていられましたのです。須利耶さまは われ oneselfに かえって to go home童子に向って云われました。

(お前は きょう今日 this dayからおれの子供だ。もう泣かないでいい。お前の前の お かあ母 さん (hon) motherや にい兄 さん older brotherたちは、 りっぱ立派 な (an) splendid くに国 countryに昇って行かれた。さあ おいで to come here (from old Japanese)。)

  須利耶さまはごじぶんのうちへ もど戻 られました to return。 とちゅう途中 on the wayの野原は青い石で しんとして dead silent子供は泣きながら随いて参りました。

  須利耶さまは奥さまとご そうだん相談 discussionで、何と なまえ名前 nameをつけようか、三、四日お かんが考 え thinkingでございましたが、 そのうち eventually、話はもう沙車 ぜんたい全体 に generally ひろがり to get around、みんなは子供を雁の童子と呼びましたので、須利耶さまも しかた仕方 なく reluctantlyそう呼んでおいででございました。」

  老人はちょっと いき息 breathを き切 りました be through。私は あし足 footもとの小さな こけ苔 mossを見ながら、この あや怪 しい dubious空から落ちて赤い焔につつまれ、かなしく燃えて行く人たちの すがた姿 figureを、 はっきり clearlyと おも思 い うか浮 べました to remind of。老人はしばらく私を見ていましたが、また かた語 り to tell つづけました (vt) to continue。

「沙車の はる春 springの終りには、野原 いちめん the whole surface楊の はな花 flowerが ひか光 って to shine飛びます。 とお遠 く (a-no) far awayの こおり氷 iceの やま山 mountainからは、白い何とも云えず ひとみ瞳 pupil (of eye)を いた痛 く painfulするような ひかり光 lightが、 にっこう日光 sunlightの なか中 insideを は這 って to crawlまいります。 それから (uk) and then かじゅ果樹 fruit treeが ちらちら fluttering ゆすれ to swing、 ひばり skylarkはそらで すきとおった to be transparent なみ波 waveをたてまする。童子は はや早 く fastも六つになられました。春のある ゆうがた夕方 eveningのこと、須利耶さまは雁から来たお子さまをつれて、 まち町 townを とお通 って to pass (by)参られました。 ぶどう葡萄 grapes いろ colourの おも重 い massive くも雲 cloudの した下 underを、 かげぼうし影法師 silhouetteの こうもり蝙蝠 batが ひらひら flutterと飛んで す過 ぎました (vi) to pass。

  子供らが なが長 い long ぼう棒 poleに ひも紐 stringをつけて、それを お追 いまし to chaseた。

(雁の童子だ。雁の童子だ。)

  子供らは棒を す棄 て て手 extended handsを つなぎ あ合 って hold by the hands大きな わ環 ringになり須利耶さま おやこ親子 parent and childを かこ囲 みました to encircle。

  須利耶さまは わら笑 って to laughおいででございました。

  子供らは こえ声 voiceを そろ揃 えて uniform いつも alwaysのように はやしまする to jeer at。

    (雁の子、雁の子雁童子、

    空から須利耶におりて来た。)と斯うでございます。けれども一人の子供が じょうだん冗談 jestに申しまするには、

    (雁の すてご abandoned child、雁のすてご、

    春になってもまだ お居 る (hum) (uk) to beか。)

  みんなは どっと suddenly笑いましてそれからどう云うわけか小さな石が ひと一 つ one飛んで来て童子の ほお頬 cheek (of face)を う打 ちまし to hitた。須利耶さまは童子を かばって to protect someoneみんなに申されますのには、

  おまえたちは何をするんだ、この子供は何か わる悪 い badことをしたか、冗談にも石を な投 げる to throwなんていけないぞ。

  子供らが叫んで ばらばら disperse走って来て童子に わ詫 びたり to apologize なぐさ慰 めたり to consoleいたしました。 あ或 る some...子は まえか前掛 け apronの かくし衣嚢 pocketから ほ干 した to dry いちじく無花果 figを出して や遣 ろう giveといたしました。

  童子は はじ初 め beginningからお しま了 い endまで にこにこ (vs) smile わら笑 って to smileおられました。須利耶さまもお笑いになりみんなを ゆる赦 して to forgive童子を つ連 れて take along そこ其処 thereを はなれなさいました to leave。

  そして あさぎ浅黄 light blueの めのう瑪瑙 agateの、しずかな ゆう夕 eveningもやの中でいわれました。

(よくお前は さっき some time ago泣かなかったな。)その とき時 time童子は お とう父 さま (hon) fatherに すがりながら to cling to、

(お父さんわたしの前のおじいさんはね、からだに たま弾丸 bulletを なな七 つ seven持っていたよ。)と斯う申されたと つた伝 えます to tell。」

  巡礼の老人は私の かお顔 face (person)を見ました。

  私もじっと老人のうるんだ まなこ眼 eyeを見あげておりました。老人はまた語りつづけました。

「また或る ばん晩 eveningのこと童子は ねつ寝付 けないで to go to bed いつまでも indefinitely とこ床 bedの うえ上 (suf) (a-no) aboveで もがきなさいました to struggle。(おっかさん ねむられない to sleepよう。)と仰っしゃりまする、須利耶の奥さまは立って行って しず静 か (an) quietに頭を な撫 でて to brush gentlyおやりなさいました。童子さまの のう脳 brainはもう すっかり all つか疲 れて to get tired、白い あみ網 netのようになって、 ぶるぶる trembling ゆれ to sway、その中に赤い大きな みかづき三日月 new moonが う浮 かんだり to rise to surface、そのへん いっぱい一杯 fullに ぜんまい royal fernの め芽 sproutのようなものが み見 えたり to appear、また しかく四角 squareな へん変 に strangely やわ柔 らかな subdued (colour or light)白いものが、 だんだん gradually ひろ拡 がって to spread (out) おそ恐 ろしい terrible大きな はこ箱 boxになったりするのでございました。母さまはその ひたい額 foreheadが あま余 り excess熱いといって しんぱい心配 (vs) worryなさいました。須利耶さまは うつ写 し to transcribeかけの きょうもん経文 sutrasに、 て掌 the palmを合せて立ちあがられ、それから童子さまを立たせて、 べにがわ紅革 crimson leatherの おび帯 obi (kimono sash)を むす結 んで to tieやり おもて表 outsideへ連れてお出になりました。 えき駅 stationのどの家ももう と戸 door (Japanese style)を し閉 めて (vt) to closeしまって、一面の ほし星 starの下に、 むねむね棟々 roofsが黒く なら列 びました to stand in line。その時童子はふと水の なが流 れる to stream おと音 soundを聞かれました。そしてしばらく かんが考 えて to considerから、

(お父さん、水は よる夜 eveningでも流れるのですか。)とお たず尋 ね to askです。須利耶さまは さばく沙漠 desertの向うから昇って来た大きな青い星を なが眺 めながら to gaze atお こた答 えなされます to answer。

(水は夜でも流れるよ。水は夜でも昼でも、 たい平 らな level所でさえなかったら、いつまでもいつまでも流れるのだ。)

  童子の脳は きゅう急 suddenに すっかり completely しず静 まって to calm down、そして こんど今度 nowは早く母さまの ところ処 placeにお帰りなりとうなりまする。

(お父さん。もう帰ろうよ。)と申されながら須利耶さまの たもと袂 sleeveを ひ引 っ ぱ張 り to pullなさいます。お二人は家に はい入 り to enter、母さまが むか迎 え to go out to meetなされて戸の カン環 linkを は嵌 めて go intoおられますうちに、童子はいつかご自分の床に のぼ登 って to climb、 きか着換 え to change clothesも せずに without (doing) ぐっすり sound asleep ねむ眠 って to sleepしまわれました。

  また次のようなことも申します。

  ある ひ日 day須利耶さまは童子と しょくたく食卓 dining tableにお すわ座 り to sitなさいました。 しょくひん食品 commodityの中に、 みつ蜜 honeyで に煮 た to cook ふた二 つ twoの ふな鮒 crucian carpがございました。須利耶の奥さまは、一つを須利耶さまの前に置かれ、一つを童子にお あた与 えなされました to give。

( た喰 べたくない to eatよおっかさん。)童子が申されました。( おいしい deliciousのだよ。どれ、 はし箸 chopsticksをお か貸 し to lend。)

  須利耶の奥さまは童子の箸をとって、 さかな魚 fishを小さく くだ砕 き (vt) to breakながら、(さあおあがり、おいしいよ。)と すす勧 められます to advise。童子は母さまの魚を砕く あいだ間 interval、 じっと quietlyその よこがお横顔 face in profileを見ていられましたが、俄かに胸が変な ぐあい工合 conditionに せま迫 って to pressきて き気 spiritの どく毒 poisonなような悲しいような何とも たま堪 らなく unbearableなりました。くるっと立って てっぽうだま鉄砲玉 bulletのように そと外 outsideへ走って で出 られ to leaveました。そして まっ しろ白 pure whiteな雲の いっぱい一杯 a lot ofに み充 ちた (oK) to be full空に向って、大きな声で泣き出しました。まあどうしたのでしょう、と須利耶の奥さまが愕ろかれます。どうしたのだろう行ってみろ、と須利耶さまも き気 づかわれます to become aware of。そこで須利耶の奥さまは とぐち戸口 doorにお立ちになりましたら童子はもう泣きやんで笑っていられましたとそんなことも申し伝えます。

  またある時、須利耶さまは童子をつれて、 うまいち馬市 horse marketの中を通られましたら、一疋の こうま仔馬 foalが ちち乳 milkを の呑 んで drinkおったと申します。黒い あらぬの粗布 blemish clothを き着 た to wear うましょうにん馬商人 horse merchantが来て、仔馬を引きはなしもう一疋の仔馬に むす結 びつけ to join together、そして だま黙 って to be silentそれを ひ引 いて to pull行こうと いた致 しまする (hum) to do。 ははおや母親 motherの馬は びっくり be frightenedして高く な鳴 きました to make sound (animal)。なれども仔馬は ぐんぐん steadily連れて行かれまする。向うの かど角 cornerを まが曲 ろう to turnとして、仔馬は急いで あとあし後肢 hind legsを いっぽう一方 in turnあげて、 はら腹 bellyの はえ蝿 flyを たた叩 きました to clap。

  童子は母馬の ちゃ茶 いろ light brownな瞳を、 ちらっと at a glance よこめ横眼 sidelong glanceで見られましたが、俄かに須利耶さまにすがりついて泣き出されました。けれども須利耶さまはお しか叱 り to scoldなさいませんでした。ご自分の そで袖 sleeveで童子の頭を つつむ to concealようにして、馬市を とお通 りすぎて to pass throughから かわぎし河岸 riversideの青い草の上に童子を すわ座 らせて to sit あんず杏 apricotの み実 fruitを出しておやりになりながら、しずかにおたずねなさいました。

(お前はさっきどうして泣いたの。)

(だってお父さん。みんなが仔馬を むり overdoingに連れて行くんだもの。)

(馬は しかた仕方 ない it's inevitable。もう大きくなったからこれから ひと独 り aloneで はた働 らく to workんだ。)

(あの馬は まだ still乳を呑んでいたよ。)

(それはそばに置いてはいつまでも あま甘 える to fawn onから仕方ない。)

(だってお父さん。みんながあのお母さんの馬にも子供の馬にもあとで にもつ荷物 luggageを一杯つけて ひどい cruel山を連れて行くんだ。それから た食 べ もの物 foodがなくなると ころ殺 して to kill た食 べて to eatしまうんだろう。)

  須利耶さまは なにげ何気 ない casual ふう wayで、そんな おとな成人 adultのようなことを云うもんじゃないとは仰っしゃいましたが、 ほんとう本統 truthは少しその天の子供が おそ恐 ろしく terribleもお思いでしたと、まあそう申し伝えます。

  須利耶さまは童子を十二のとき、少し はな離 れた to be separated from しゅと首都 capital cityのある げどう外道 heretical doctrine[※4]の じゅく塾 coaching schoolにお い入 れ to enrollなさいました。

  童子の母さまは、 いっしょう一生 けん めい命 very hard機を織って、 じゅくりょう塾料 school feeや こづか小遣 allowanceいやらを こし拵 らえて to makeお おく送 り to sendなさいました。

   ふゆ冬 winterが ちか近 く nearて、 てんざん天山 Tenzan (loc)[※5]はもうまっ白になり、 くわ桑 mulberry (tree)の は葉 leafが黄いろに か枯 れて to die (plant) カサカサ rustle落ちました頃、ある日のこと、童子が俄かに帰っておいでです。母さまが まど窓 windowから めざと目敏 く watchful みつ見付 けて to discover出て行かれました。

  須利耶さまは し知 らない strangeふりで写経を つづ続 けて (vt) to continueおいてです。

(まあお前は いま今 ごろ about this timeどうしたのです。)

(私、もうお母さんと一緒に働らこうと思います。 べんきょう勉強 (vs) studyしている ひま暇 (an) free timeはないんです。)

  母さまは、須利耶さまのほうに きが気兼 ね (vs) hesitanceしながら申されました。

(お前はまたそんなおとなのようなことを云って、仕方ないではありませんか。早く帰って勉強して、立派になって、みんなの ため為 forにならないとなりません。)

(だっておっかさん。おっかさんの手はそんなに ガサガサ rustlingしているのでしょう。それだのに私の手はこんななんでしょう。)

(そんなことをお前が云わなくてもいいのです。 だれ誰 でも anyone年を ふけ老 れば to age手は あ荒 れます to be rough。そんなことより、早く帰って勉強をなさい。お前の立派になること ばかり only私には たのし楽 み pleasureなんだから。お父さんがお聞きになると しか叱 られ to scoldますよ。ね。さあ、おいで。)と斯う申されます。

  童子は しょんぼり (vs) being downhearted にわ庭 gardenから出られました。それでも、また立ち どま停 って to stopしまわれましたので、母さまも出て行かれてもっと向うまでお連れになりました。そこは ぬまち沼地 marsh landでございました。母さまは もど戻 ろう to returnとしてまた(さあ、おいで早く。)と仰っしゃったのでしたが童子はやっぱり停まったまま、家の方をぼんやり見ておられますので、母さまも仕方なくまた ふ振 り かえ返 って to look back、 あし蘆 reedを一本 ぬ抜 いて to draw out小さな ふえ笛 fluteを つくり to make、それをお持たせになりました。

  童子は やっと at last歩き出されました。そして、 はる遥 かに in the distance つめ冷 たい cold (to the touch) しま縞 stripeをつくる雲の こちら this directionに、蘆がそよいで、 やがて soon童子の姿が、小さく小さくなってしまわれました。 にわ俄 かに suddenly空を はおと羽音 buzzがして、雁の いちれつ一列 a rowが通りました時、須利耶さまは窓からそれを見て、 おも思 わず spontaneous どきっと (vs) feeling a shockなされました。

   そうして (conj) and冬に入りましたのでございます。その きび厳 しい intense (cold)冬が過ぎますと、まず楊の芽が おとな温和 しく mild光り、沙漠には さとうみず砂糖水 sugar waterのような かげろう陽炎 heat hazeが はいかい徘徊 wandering aboutいたしまする。杏や すもも (Japanese) plumの白い花が さ咲 き to bloom、 つい次 で subsequentlyは こだち木立 grove of treesも草地も まっ さお青 deep greenになり、 もはや now ぎょくずい玉髄 の雲の みね峯 summitが、 しほう四方 every directionの空を めぐ繞 る surround頃となりました。

  ちょうどそのころ沙車の町は ずれ slippageの すな砂 sandの中から、 ふる古 い old (not person)沙車 だいじ大寺 Templeのあとが ほ掘 り だ出 された to dig outとのことでございました。一つの かべ壁 wallがまだそのままで みつけ見附 けられ to locate、そこには さんにん三人 three peopleの天童子が えが描 かれ to paint、ことにその一人は まるで as if い生 きた to existようだとみんなが ひょうばん評判 (a-no) fameしましたそうです。或るよく は晴 れた to be sunny日、須利耶さまは みやこ都 capitalに出られ、童子の ししょう師匠 teacherを たず訪 ねて to visit いろいろ色々 (an) various礼を の述 べ to express、また みまき三巻 の粗布を おく贈 り to give to、それから半日、童子を連れて歩きたいと申されました。

  お二人は ざっとう雑沓 congestionの通りを過ぎて行かれました。

  須利耶さまが歩きながら、何気なく云われますには、

(どうだ、今日の空の あお碧 い blueことは、お前がたの年は、 ちょうど丁度 just今あのそらへ飛びあがろうとして はね羽 featherを ばたばた (vs) clattering noise云わせているようなものだ。)

  童子が大へんに しず沈 んで to feel depressed こた答 えら to answerれました。

(お父さん。私はお父さんとはなれてどこへも行きたくありません。)

  須利耶さまはお笑いになりました。

( もちろん勿論 of courseだ。この人の大きな旅では、自分だけひとり遠い光の空へ と飛 び さ去 る to flee awayことはいけないのだ。)

(いいえ、お父さん。私はどこへも行きたくありません。そして誰もどこへも行かないでいいのでしょうか。)とこう云う ふしぎ不思議 (an) wonderなお尋ねでございます。

(誰もどこへも行かないでいいかってどう云うことだ。)

(誰もね、ひとりで はな離 れて to be separated fromどこへも行かないでいいのでしょうか。)

(うん。それは行かないでいいだろう。)と須利耶さまは何の気もなくぼんやりと斯うお答えでした。

  そしてお二人は町の ひろば広場 plazaを とお通 り ぬ抜 けて to cut through、 だんだんだんだん gradually こうがい郊外 suburbに来られました。 すな沙 sandがずうっとひろがっておりました。その砂が一ところ ふか深 く deep ほ掘 られ to digて、 たくさん沢山 manyの人がその中に立ってございました。お二人も下りて行かれたのです。そこに古い一つの壁がありました。 いろ色 colourは あせて to fadeはいましたが、三人の天の童子たちがかいてございました。須利耶さまは思わずどきっとなりました。何か大きい おも重 い heavyものが、遠くの空から ばったり suddenly かぶさった coverように思われましたのです。それでも何気なく申されますには、

( なるほど (id) I see立派なもんだ。あまりよく でき出来 て to be able toなんだか こわ恐 い frighteningようだ。この てんどう天童 は どこか in some respectsお前に に肖 ている to resembleよ。)

  須利耶さまは童子を ふりかえりました to look back。そしたら童子は なんだか somehowわらったまま、 たお倒 れ to fallかかっていられました。須利耶さまは愕ろいて いそ急 いで hurriedly だ抱 き と留 められました to catch in one's arms。童子はお父さんの うで腕 armの中で ゆめ夢 dreamのように つぶやかれました to mutter。

(おじいさんがお むか迎 い to go out to meetをよこしたのです。)

  須利耶さまは急いで叫ばれました。

(お前どうしたのだ。どこへも行ってはいけないよ。)

  童子が かす微 か (an) faintに云われました。

(お父さん。お ゆる許 し pardon下さい。私はあなたの子です。この壁は前にお父さんが か書 いた to writeのです。そのとき私は おう王 kingの……だったのですがこの え絵 pictureができてから王さまは殺されわたくしどもはいっしょに しゅっけ出家 entering the priesthoodしたのでしたが てきおう敵王 enemy kingがきて てら寺 templeを や焼 く to burnとき ふつか二日 two daysほど ぞくふく俗服 vulgar clothesを き着 て to wearかくれているうちわたくしは こいびと恋人 loverがあってこのまま出家にかえるのをやめようかと思ったのです。)

   ひとびと人々 peopleが あつま集 って to assemble くちぐち口々 に unanimously叫びました。

(雁の童子だ。雁の童子だ。)

  童子はも いちど一度 once、少し くちびる唇 lipsを うごかして (vt) to move、何かつぶやいたようでございましたが、須利耶さまはもうそれをお聞きとりなさらなかったと申します。

  私の知っておりますのは ただ mereこれ だけ (uk) onlyでございます。」

  老人はもう行かなければならないようでした。私は ほんとうに truly なご名残 り お惜 しく regret思い、 まっすぐ uprightに立って がっしょう合掌 (vs) pressing one's hands together in prayerして申しました。

「 とうと尊 い preciousお ものがたり物語 taleをありがとうございました。 まことに reallyお たが互 い mutual、ちょっと沙漠の へり borderの泉で、お眼にかかって、ただ ひととき一時 short timeを、一緒に過ごしただけではございますが、これも かりそめ trifleのことではないと ぞん存 じます (hum) to know。 ほんの just とお通 りがかり to happen to pass byの二人の たびびと旅人 travellerとは見えますが、実はお互がどんなものかもよくわからないのでございます。 いずれ whereはもろともに、 スガタ善逝 [※6]の しめ示 された to indicate光の みち道 roadを すす進 み to advance、かの むじょうぼだい無上菩提 [※7]に いた至 る to comeことでございます。それではお わか別 れ farewellいたします。 さようなら (uk) good-bye。」

  老人は、黙って礼を かえ返 しました (vt) to return something。何か云いたいようでしたが黙って俄かに向うを向き、今まで私の来た方の あれち荒地 fallow (land)に とぼとぼ trudgingly歩き出しました。私もまた、丁度その はんたい反対 oppositionの方の、 さびしい desolate いさ石原 stone fieldを合掌したまま進みました。

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●入力者注

※1  流沙= ちゅうごく中国 Chinaのタクラマカン さばく砂漠 desertを さ指 す to point。

※2  沙車=タクラマカン砂漠にあったといわれる こだい古代 ancient timesの とし都市 town。

※3  眷属= いちぞく一族 a familyの いみ意味 (vs) meaning。

※4  外道= ほか他 other おさむ教 Osamu (g)の しんじゃ信者 believerの意味。 ぶっきょうと仏教徒 Buddhistsが他教の信者を指す さい際 に in case of つか使 う to use。

※5  天山=中国・キルギスタンの くにざかい国境 boundary (nation, state, etc.)近くにある さんみゃく山脈 mountain rangeを指す。

※6  善逝= ぼんご梵語 Sanskritで、 さと悟 り Buddhist enlightenmentに とうたつ到達 (vs) reachingした者の意味。

※7  無上菩提=無上はこの のぼ上 ない to rise、菩提は悟りのこと。

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底本:「インドラの網」 かどがわ角川 Kadogawa (s) ぶんこ文庫 library、角川 しょてん書店 bookshop

      1996( へいせい平成 Heisei (reign of Emperor)8)年6月20日 さいはん再版 reprint(ing)

底本の おや親 parents本:「 しん新 (pref) new こう校 (suf) -school本  宮澤賢治 ぜんしゅう全集 complete works」 つかま筑摩 Tsukama (loc) しょぼう書房 library

      1995(平成7)年5月 はっこう発行 issue (publications)

入力:浜野智

こうせい校正 (vs) proofreading:浜野智

1999年7月26日 こうかい公開 (vs) presenting to the public

1999年8月26日 しゅうせい修正 (vs) amendment

あおぞら青空 blue sky文庫 さくせい作成 producingファイル:

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Additional readings and English translations added by Michael Koch (tensberg@gmx.net). All errors are probably mine.