かり wild goose どうじ童子 boy

みやざわ宮沢 Miyazawa (p,s) けんじ賢治 Kenji (m)

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ひょうき表記 (vs) declareについて]

ていほん底本 original text したが to follow しょうがっこう小学校 primary school1・2 ネン year がくしゅう学習 (vs) study はいとう配当 share かんじ漢字 Chinese characters のぞ to except漢字には ルビ rubyをつけた。 ただし however どういつ同一 identical ごく語句 wordsについてはルビは しょしゅつ初出 first appearance のみ (suf) onlyにつけた。

●ルビは「 ルビ漢字 」の けいしき形式 form しょり処理 (vs) processingした。

●[※ ばんごう番号 number]は、 にゅうりょく入力 (vs) input シャ person supplement ちゅう (vs) annotation しめ to denote。補注は、 ファイル file まつび末尾 end いた to place

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   るさ流沙 Rusa (loc)[※1]の みなみ southの、 やなぎ willow かこ まれた to surround ちい さな small いずみ springで、 わたくし myselfは、 いった to roast むぎこ麦粉 wheat flour みず waterにといて、 ひる noon しょくじ食事 (vs) mealをしておりました。

  そのとき、 ひとり一人 one person じゅんれい巡礼 pilgrimage おじいさん male senior-citizenが、 やっぱり (id) (uk) also食事のために、そこへやって ました to come。私たちは だまって to be silent かる light れい bowをしました。

   けれども however はんにち半日 half day まるっきり completely ひと personにも であ出会 わない to come acrossそんな たび (vs) travelでしたから、私は食事が すんで to finishも、 すぐに instantly泉とその としと年老 to ageった巡礼とから、 わか れて to part fromしまいたくはありませんでした。

  私は しばらく little whileその ろうじん老人 the agedの、 たか tall のどぼとけ咽喉仏 adam's appleのぎくぎく うご (vi) to moveのを、 to seeとも なしに without見ていました。 なに something はな けたい to talk (to someone) おも いまし to thinkたが、どうもあんまり むこ the other party しず (an) quietなので、私は少し きゅうくつ uneasyにも思いました。

  けれども、 ふと suddenly私は泉の うしろ behindに、小さな ほこら small shrineのあるのを みつ見付 けました to discover。それは たい へん very小さくて、 ちりがく地理学 geography者や たんけんか探険家 explorerならば ちょっと somewhat ひょうほん標本 example って to takeそうなものではありましたが まだ yet まった indeed あたらしく new いろ yellow あか red ペンキ (nl:) paint (nl: pek) さえ even られて to paint いかにも really いよう異様 oddに思われ、その まえ beforeは、 そまつ粗末 (an) crudeながら いっぽん一本 one long thing はた flag って to standいました。

  私は老人が、もう食事も おわ the endそうなのを見てたずねました。

しつれい失礼 (an) (vs) (id) discourtesyですがあの どう hall どなた (uk) who? おまつり worshipしたのですか。」

  その老人も、 たしかに certainly何か、私に話しかけたくていたのです。だまって二、三 times (three times, etc.) うなずき (uk) to nodながら、そのたべものを のみ くだ して to swallow (vs) lowering いまし to sayた。

「……童子のです。」

「童子って どう (uk) what kind of かた personですか。」

「雁の童子と っしゃる (IV) (hon) to sayのは。」老人は しょっき食器 tablewareをしまい、 かが んで to lean over泉の水をすくい、 きれい clean くち mouth そそいで to pour (into)からまた云いました。

「雁の童子と仰っしゃるのは、 まるで so to speak この ごろ recentlyあった むかし ばなし legendのようなのです。この ちほう地方 areaにこのごろ りられました to descend てんどうじ天童子 だというのです。このお堂はこのごろ流沙の むこ がわ opposite sideにも、 あちこち here and there って to be builtおります。」

てん heaven こども childが、降りたのですか。 つみ crimeがあって天から なが された to floatのですか。」

「さあ、よくわかりませんが、よくこの へん vicinityでそう もう します to say たぶん多分 perhapsそうでございましょう。」

「いかがでしょう、 かせて to tell くだ さい pleaseませんか。 いそ urgencyでさえなかったら。」

「いいえ、急ぎはいたしません。私の いた to hear だけ just はなし (io) talkいたしましょう。

   さしゃ沙車 Sasha (loc)[※2]に、 すりや須利耶 Suria (s) けい Keiという人がございました。 めいもん名門 noted familyではございましたそうですが、 おちぶれて to come to ruin おく さま his wife ふたり二人 couple、ご じぶん自分 oneselfは昔からの しゃきょう写経 copying sutras なさり (IV) (hon) to do、奥さまは はた loom って to weave しずか peaceful くらして to liveいられました。

  ある あけがた明方 dawn、須利耶さまが てっぽう鉄砲 gunをもったご自分の いとこ従弟 cousin (male, younger than the writer)のかたとご いっしょ一緒 together (with) のはら野原 field ある いて to walkいられました。 じめん地面 ground ごく very うる わしい beautiful あお blue いし stoneで、 そら sky ぼうっと faintly しろ white appearance ゆき snow ぢか soonでございました。

  須利耶さまがお従弟さまに仰っしゃるには、 まえ (fam) you (sing) さような (an) such なぐさ comfort せっしょう殺生 killingを、もう いい かげん加減 right やめたら to stop どう how aboutだと、 thusでございました。

   ところが however従弟の方が、 まるで as though すげなく gruff、やめられないと、ご へんじ返事 (vs) replyです。

(お前は ずいぶん extremely むごい cruel やつ (vulg) fellowだ、お前の いた めたり to damage ころ したり to killするものが、 いったい一体 what on earth? どんな what kind ofものだかわかっているか、どんなものでも いのち (mortal) life かな しい sorrowfulものなのだぞ。)と、須利耶さまは かさ ねて once more おさとし admonitionになりました。

(そうかもしれないよ。けれどもそうでないかもしれない。そうだとすれば おれ I (boastful first-person pronoun) いっそう一層 much more おもしろい amusingのだ、まあそんな くだ らない to get down話はやめろ、そんなことは昔の ぼうず坊主 Buddhist priestどもの言うこった、見ろ、向うを雁が行くだろう、おれは しと仕止 めて to bring down (a bird) せる to show。)と従弟のかたは鉄砲を かま えて to set up はし って (I) to run見えなくなりました。

  須利耶さまは、その大きな くろ black雁の れつ queueを、 じっと steadily なが めて to gaze at たれました to stand

  そのとき にわ かに suddenly向うから、黒い とが った pointed だんがん弾丸 bullet のぼ って to ascend まっ the foremostの雁の むね breast ました to shoot

  雁は二、三べん らぎました to tremble very fast からだ body fire break out in flames worldにも かな しく sad さけ to cryながら、落ちて まい った (hum) to goのでございます。

  弾丸が また again昇って つぎ nextの雁の胸を つらぬきました to go through。それでもどの雁も、 to escapeはいたしませんでした。

   かえ って rather さけ to cry and shoutながらも、落ちて来る雁に したが いました to follow

   だいさん第三 the thirdの弾丸が昇り、

  第四の弾丸がまた昇りました。

  六発の弾丸が六疋の雁を きず つけまして to be wounded いち ばん first しまい endの小さな いっぴき一疋 one (small) animalだけが、傷つかずに のこ っていた to remainのでございます。燃え叫ぶ六疋は、 もだ to be in agonyながら空を しず to sink、しまいの一疋は いて to cry随い、それでも雁の ただ しい right列は、 けっ して never みだ to be disorderedはいたしません。

  そのとき須利耶さまの おど ろき surpriseには、 いつか (uk) sometime雁が みな all空を to fly人の かたち form かわ って (vi) to changeおりました。

   あか red ほのお flame つつ まれて to be engulfed in なげ grief叫んで てあし手足 one's hands & feetをもだえ、落ちて参る五人、それからしまいに ただ only一人、 まった safeものは かわい可愛 らしい lovely天の こども子供 childでございました。

   そして (conj) (uk) and須利耶さまは、 たしかに surelyその子供に みおぼ見覚 recognitionがございました。 さいしょ最初 (a-no) beginningのものは、 もはや already地面に たっ しまする to reach。それは白い ひげ beardの老人で、 たお れて (vi) to collapse燃えながら、 ほねだ骨立 った osseous りょうて両手 both hands あわ to fold hands、須利耶さまを おが to begようにして、 せつ なく painful叫びますのには、

(須利耶さま、須利耶さま、おねがいでございます。 どうか somehow私の まご grandchild take along下さいませ。)

   もちろん of course須利耶さまは、 って 申されました。《いいとも、いいとも、 たし かに certainlyおれが って to take charge ofやろう。 しかし (uk) however一体お前らは、 どうした What's wrong?のだ。》そのとき つぎつぎ次々 one by oneに雁が地面に落ちて来て えました to burn おとな大人 adultもあれば うつく しい beautiful ようらく瓔珞 jewelled necklaceをかけた おなご女子 girlもございました。その女子は まっかな (an) deep red焔に燃えながら、 handをあのおしまいの子に のばし to reach out、子供は泣いてその まわり surroundingsをはせめぐったと申しまする。雁の老人が重ねて申しますには、

(私 ども allは天の けんぞく眷属 clan[※3]でございます。罪があって ただいま just nowまで雁の形を けて to undergoおりました。 ただいま只今 right now むく to recompense はた しました complete。私共は天に かえ ります (I) to go back。ただ私の一人の孫はまだ帰れません。これはあなたとは えん destinyのあるものでございます。どうぞあなたの子にしてお そだ raise ねが います request。おねがいでございます。)と欺うでございます。

  須利耶さまが申されました。

(いいとも。 すっかり thoroughly わか った to understand けた to guarantee あんしん安心 (vs) reliefしてくれ。)

  すると老人は手を こす って to rub地面に あたま head れた to lowerと思うと、もう燃えつきて、 かげ shade かたち formもございませんでした。須利耶さまも従弟さまも鉄砲をもったまま ぼんやり (vs) absent-mindedと立っていられましたそうでいったい二人いっしょに ゆめ to dreamのかとも思われましたそうですがあとで従弟さまの申されますにはその鉄砲はまだ あつ hot (thing)弾丸は って (vi) to decrease (in size or number)おりその みんな everyone ひざまずいた to kneel ところ place くさ grassはたしかに倒れておったそうでございます。

  そしてもちろんそこにはその童子が立っていられましたのです。須利耶さまは われ oneself かえって to go home童子に向って云われました。

(お前は きょう今日 this dayからおれの子供だ。もう泣かないでいい。お前の前の かあ さん (hon) mother にい さん older brotherたちは、 りっぱ立派 (an) splendid くに countryに昇って行かれた。さあ おいで to come here (from old Japanese)。)

  須利耶さまはごじぶんのうちへ もど られました to return とちゅう途中 on the wayの野原は青い石で しんとして dead silent子供は泣きながら随いて参りました。

  須利耶さまは奥さまとご そうだん相談 discussionで、何と なまえ名前 nameをつけようか、三、四日お かんが thinkingでございましたが、 そのうち eventually、話はもう沙車 ぜんたい全体 generally ひろがり to get around、みんなは子供を雁の童子と呼びましたので、須利耶さまも しかた仕方 なく reluctantlyそう呼んでおいででございました。」

  老人はちょっと いき breath りました be through。私は あし footもとの小さな こけ mossを見ながら、この あや しい dubious空から落ちて赤い焔につつまれ、かなしく燃えて行く人たちの すがた姿 figureを、 はっきり clearly おも うか べました to remind of。老人はしばらく私を見ていましたが、また かた to tell つづけました (vt) to continue

「沙車の はる springの終りには、野原 いちめん the whole surface楊の はな flower ひか って to shine飛びます。 とお (a-no) far away こおり ice やま mountainからは、白い何とも云えず ひとみ pupil (of eye) いた painfulするような ひかり lightが、 にっこう日光 sunlight なか inside って to crawlまいります。 それから (uk) and then かじゅ果樹 fruit tree ちらちら fluttering ゆすれ to swing ひばり skylarkはそらで すきとおった to be transparent なみ waveをたてまする。童子は はや fastも六つになられました。春のある ゆうがた夕方 eveningのこと、須利耶さまは雁から来たお子さまをつれて、 まち town とお って to pass (by)参られました。 ぶどう葡萄 grapes いろ colour おも massive くも cloud した underを、 かげぼうし影法師 silhouette こうもり蝙蝠 bat ひらひら flutterと飛んで ぎました (vi) to pass

  子供らが なが long ぼう pole ひも stringをつけて、それを いまし to chaseた。

(雁の童子だ。雁の童子だ。)

  子供らは棒を extended hands つなぎ って hold by the hands大きな ringになり須利耶さま おやこ親子 parent and child かこ みました to encircle

  須利耶さまは わら って to laughおいででございました。

  子供らは こえ voice そろ えて uniform いつも alwaysのように はやしまする to jeer at

    (雁の子、雁の子雁童子、

    空から須利耶におりて来た。)と斯うでございます。けれども一人の子供が じょうだん冗談 jestに申しまするには、

    (雁の すてご abandoned child、雁のすてご、

    春になってもまだ (hum) (uk) to beか。)

  みんなは どっと suddenly笑いましてそれからどう云うわけか小さな石が ひと one飛んで来て童子の ほお cheek (of face) ちまし to hitた。須利耶さまは童子を かばって to protect someoneみんなに申されますのには、

  おまえたちは何をするんだ、この子供は何か わる badことをしたか、冗談にも石を げる to throwなんていけないぞ。

  子供らが叫んで ばらばら disperse走って来て童子に びたり to apologize なぐさ めたり to consoleいたしました。 some...子は まえか前掛 apron かくし衣嚢 pocketから した to dry いちじく無花果 figを出して ろう giveといたしました。

  童子は はじ beginningからお しま endまで にこにこ (vs) smile わら って to smileおられました。須利耶さまもお笑いになりみんなを ゆる して to forgive童子を れて take along そこ其処 there はなれなさいました to leave

  そして あさぎ浅黄 light blue めのう瑪瑙 agateの、しずかな ゆう eveningもやの中でいわれました。

(よくお前は さっき some time ago泣かなかったな。)その とき time童子は とう さま (hon) father すがりながら to cling to

(お父さんわたしの前のおじいさんはね、からだに たま弾丸 bullet なな seven持っていたよ。)と斯う申されたと つた えます to tell。」

  巡礼の老人は私の かお face (person)を見ました。

  私もじっと老人のうるんだ まなこ eyeを見あげておりました。老人はまた語りつづけました。

「また或る ばん eveningのこと童子は ねつ寝付 けないで to go to bed いつまでも indefinitely とこ bed うえ (suf) (a-no) above もがきなさいました to struggle。(おっかさん ねむられない to sleepよう。)と仰っしゃりまする、須利耶の奥さまは立って行って しず (an) quietに頭を でて to brush gentlyおやりなさいました。童子さまの のう brainはもう すっかり all つか れて to get tired、白い あみ netのようになって、 ぶるぶる trembling ゆれ to sway、その中に赤い大きな みかづき三日月 new moon かんだり to rise to surface、そのへん いっぱい一杯 full ぜんまい royal fern sproutのようなものが えたり to appear、また しかく四角 square へん strangely やわ らかな subdued (colour or light)白いものが、 だんだん gradually ひろ がって to spread (out) おそ ろしい terrible大きな はこ boxになったりするのでございました。母さまはその ひたい forehead あま excess熱いといって しんぱい心配 (vs) worryなさいました。須利耶さまは うつ to transcribeかけの きょうもん経文 sutrasに、 the palmを合せて立ちあがられ、それから童子さまを立たせて、 べにがわ紅革 crimson leather おび obi (kimono sash) むす んで to tieやり おもて outsideへ連れてお出になりました。 えき stationのどの家ももう door (Japanese style) めて (vt) to closeしまって、一面の ほし starの下に、 むねむね棟々 roofsが黒く なら びました to stand in line。その時童子はふと水の なが れる to stream おと soundを聞かれました。そしてしばらく かんが えて to considerから、

(お父さん、水は よる eveningでも流れるのですか。)とお たず to askです。須利耶さまは さばく沙漠 desertの向うから昇って来た大きな青い星を なが めながら to gaze at こた えなされます to answer

(水は夜でも流れるよ。水は夜でも昼でも、 たい らな level所でさえなかったら、いつまでもいつまでも流れるのだ。)

  童子の脳は きゅう sudden すっかり completely しず まって to calm down、そして こんど今度 nowは早く母さまの ところ placeにお帰りなりとうなりまする。

(お父さん。もう帰ろうよ。)と申されながら須利耶さまの たもと sleeve to pullなさいます。お二人は家に はい to enter、母さまが むか to go out to meetなされて戸の カン link めて go intoおられますうちに、童子はいつかご自分の床に のぼ って to climb きか着換 to change clothes せずに without (doing) ぐっすり sound asleep ねむ って to sleepしまわれました。

  また次のようなことも申します。

  ある day須利耶さまは童子と しょくたく食卓 dining tableにお すわ to sitなさいました。 しょくひん食品 commodityの中に、 みつ honey to cook ふた two ふな crucian carpがございました。須利耶の奥さまは、一つを須利耶さまの前に置かれ、一つを童子にお あた えなされました to give

べたくない to eatよおっかさん。)童子が申されました。( おいしい deliciousのだよ。どれ、 はし chopsticksをお to lend。)

  須利耶の奥さまは童子の箸をとって、 さかな fishを小さく くだ (vt) to breakながら、(さあおあがり、おいしいよ。)と すす められます to advise。童子は母さまの魚を砕く あいだ interval じっと quietlyその よこがお横顔 face in profileを見ていられましたが、俄かに胸が変な ぐあい工合 condition せま って to pressきて spirit どく poisonなような悲しいような何とも たま らなく unbearableなりました。くるっと立って てっぽうだま鉄砲玉 bulletのように そと outsideへ走って られ to leaveました。そして まっ しろ pure whiteな雲の いっぱい一杯 a lot of ちた (oK) to be full空に向って、大きな声で泣き出しました。まあどうしたのでしょう、と須利耶の奥さまが愕ろかれます。どうしたのだろう行ってみろ、と須利耶さまも づかわれます to become aware of。そこで須利耶の奥さまは とぐち戸口 doorにお立ちになりましたら童子はもう泣きやんで笑っていられましたとそんなことも申し伝えます。

  またある時、須利耶さまは童子をつれて、 うまいち馬市 horse marketの中を通られましたら、一疋の こうま仔馬 foal ちち milk んで drinkおったと申します。黒い あらぬの粗布 blemish cloth to wear うましょうにん馬商人 horse merchantが来て、仔馬を引きはなしもう一疋の仔馬に むす びつけ to join together、そして だま って to be silentそれを いて to pull行こうと いた しまする (hum) to do ははおや母親 motherの馬は びっくり be frightenedして高く きました to make sound (animal)。なれども仔馬は ぐんぐん steadily連れて行かれまする。向うの かど corner まが ろう to turnとして、仔馬は急いで あとあし後肢 hind legs いっぽう一方 in turnあげて、 はら belly はえ fly たた きました to clap

  童子は母馬の ちゃ いろ light brownな瞳を、 ちらっと at a glance よこめ横眼 sidelong glanceで見られましたが、俄かに須利耶さまにすがりついて泣き出されました。けれども須利耶さまはお しか to scoldなさいませんでした。ご自分の そで sleeveで童子の頭を つつむ to concealようにして、馬市を とお りすぎて to pass throughから かわぎし河岸 riversideの青い草の上に童子を すわ らせて to sit あんず apricot fruitを出しておやりになりながら、しずかにおたずねなさいました。

(お前はさっきどうして泣いたの。)

(だってお父さん。みんなが仔馬を むり overdoingに連れて行くんだもの。)

(馬は しかた仕方 ない it's inevitable。もう大きくなったからこれから ひと alone はた らく to workんだ。)

(あの馬は まだ still乳を呑んでいたよ。)

(それはそばに置いてはいつまでも あま える to fawn onから仕方ない。)

(だってお父さん。みんながあのお母さんの馬にも子供の馬にもあとで にもつ荷物 luggageを一杯つけて ひどい cruel山を連れて行くんだ。それから もの foodがなくなると ころ して to kill べて to eatしまうんだろう。)

  須利耶さまは なにげ何気 ない casual ふう wayで、そんな おとな成人 adultのようなことを云うもんじゃないとは仰っしゃいましたが、 ほんとう本統 truthは少しその天の子供が おそ ろしく terribleもお思いでしたと、まあそう申し伝えます。

  須利耶さまは童子を十二のとき、少し はな れた to be separated from しゅと首都 capital cityのある げどう外道 heretical doctrine[※4]の じゅく coaching schoolにお to enrollなさいました。

  童子の母さまは、 いっしょう一生 けん めい very hard機を織って、 じゅくりょう塾料 school fee こづか小遣 allowanceいやらを こし らえて to make おく to sendなさいました。

   ふゆ winter ちか nearて、 てんざん天山 Tenzan (loc)[※5]はもうまっ白になり、 くわ mulberry (tree) leafが黄いろに れて to die (plant) カサカサ rustle落ちました頃、ある日のこと、童子が俄かに帰っておいでです。母さまが まど windowから めざと目敏 watchful みつ見付 けて to discover出て行かれました。

  須利耶さまは らない strangeふりで写経を つづ けて (vt) to continueおいてです。

(まあお前は いま ごろ about this timeどうしたのです。)

(私、もうお母さんと一緒に働らこうと思います。 べんきょう勉強 (vs) studyしている ひま (an) free timeはないんです。)

  母さまは、須利耶さまのほうに きが気兼 (vs) hesitanceしながら申されました。

(お前はまたそんなおとなのようなことを云って、仕方ないではありませんか。早く帰って勉強して、立派になって、みんなの ため forにならないとなりません。)

(だっておっかさん。おっかさんの手はそんなに ガサガサ rustlingしているのでしょう。それだのに私の手はこんななんでしょう。)

(そんなことをお前が云わなくてもいいのです。 だれ でも anyone年を ふけ れば to age手は れます to be rough。そんなことより、早く帰って勉強をなさい。お前の立派になること ばかり only私には たのし pleasureなんだから。お父さんがお聞きになると しか られ to scoldますよ。ね。さあ、おいで。)と斯う申されます。

  童子は しょんぼり (vs) being downhearted にわ gardenから出られました。それでも、また立ち どま って to stopしまわれましたので、母さまも出て行かれてもっと向うまでお連れになりました。そこは ぬまち沼地 marsh landでございました。母さまは もど ろう to returnとしてまた(さあ、おいで早く。)と仰っしゃったのでしたが童子はやっぱり停まったまま、家の方をぼんやり見ておられますので、母さまも仕方なくまた かえ って to look back あし reedを一本 いて to draw out小さな ふえ flute つくり to make、それをお持たせになりました。

  童子は やっと at last歩き出されました。そして、 はる かに in the distance つめ たい cold (to the touch) しま stripeをつくる雲の こちら this directionに、蘆がそよいで、 やがて soon童子の姿が、小さく小さくなってしまわれました。 にわ かに suddenly空を はおと羽音 buzzがして、雁の いちれつ一列 a rowが通りました時、須利耶さまは窓からそれを見て、 おも わず spontaneous どきっと (vs) feeling a shockなされました。

   そうして (conj) and冬に入りましたのでございます。その きび しい intense (cold)冬が過ぎますと、まず楊の芽が おとな温和 しく mild光り、沙漠には さとうみず砂糖水 sugar waterのような かげろう陽炎 heat haze はいかい徘徊 wandering aboutいたしまする。杏や すもも (Japanese) plumの白い花が to bloom つい subsequently こだち木立 grove of treesも草地も まっ さお deep greenになり、 もはや now ぎょくずい玉髄 の雲の みね summitが、 しほう四方 every directionの空を めぐ surround頃となりました。

  ちょうどそのころ沙車の町は ずれ slippage すな sandの中から、 ふる old (not person)沙車 だいじ大寺 Templeのあとが された to dig outとのことでございました。一つの かべ wallがまだそのままで みつけ見附 けられ to locate、そこには さんにん三人 three peopleの天童子が えが かれ to paint、ことにその一人は まるで as if きた to existようだとみんなが ひょうばん評判 (a-no) fameしましたそうです。或るよく れた to be sunny日、須利耶さまは みやこ capitalに出られ、童子の ししょう師匠 teacher たず ねて to visit いろいろ色々 (an) various礼を to express、また みまき三巻 の粗布を おく to give to、それから半日、童子を連れて歩きたいと申されました。

  お二人は ざっとう雑沓 congestionの通りを過ぎて行かれました。

  須利耶さまが歩きながら、何気なく云われますには、

(どうだ、今日の空の あお blueことは、お前がたの年は、 ちょうど丁度 just今あのそらへ飛びあがろうとして はね feather ばたばた (vs) clattering noise云わせているようなものだ。)

  童子が大へんに しず んで to feel depressed こた えら to answerれました。

(お父さん。私はお父さんとはなれてどこへも行きたくありません。)

  須利耶さまはお笑いになりました。

もちろん勿論 of courseだ。この人の大きな旅では、自分だけひとり遠い光の空へ to flee awayことはいけないのだ。)

(いいえ、お父さん。私はどこへも行きたくありません。そして誰もどこへも行かないでいいのでしょうか。)とこう云う ふしぎ不思議 (an) wonderなお尋ねでございます。

(誰もどこへも行かないでいいかってどう云うことだ。)

(誰もね、ひとりで はな れて to be separated fromどこへも行かないでいいのでしょうか。)

(うん。それは行かないでいいだろう。)と須利耶さまは何の気もなくぼんやりと斯うお答えでした。

  そしてお二人は町の ひろば広場 plaza とお けて to cut through だんだんだんだん gradually こうがい郊外 suburbに来られました。 すな sandがずうっとひろがっておりました。その砂が一ところ ふか deep られ to digて、 たくさん沢山 manyの人がその中に立ってございました。お二人も下りて行かれたのです。そこに古い一つの壁がありました。 いろ colour あせて to fadeはいましたが、三人の天の童子たちがかいてございました。須利耶さまは思わずどきっとなりました。何か大きい おも heavyものが、遠くの空から ばったり suddenly かぶさった coverように思われましたのです。それでも何気なく申されますには、

なるほど (id) I see立派なもんだ。あまりよく でき出来 to be able toなんだか こわ frighteningようだ。この てんどう天童 どこか in some respectsお前に ている to resembleよ。)

  須利耶さまは童子を ふりかえりました to look back。そしたら童子は なんだか somehowわらったまま、 たお to fallかかっていられました。須利耶さまは愕ろいて いそ いで hurriedly められました to catch in one's arms。童子はお父さんの うで armの中で ゆめ dreamのように つぶやかれました to mutter

(おじいさんがお むか to go out to meetをよこしたのです。)

  須利耶さまは急いで叫ばれました。

(お前どうしたのだ。どこへも行ってはいけないよ。)

  童子が かす (an) faintに云われました。

(お父さん。お ゆる pardon下さい。私はあなたの子です。この壁は前にお父さんが いた to writeのです。そのとき私は おう kingの……だったのですがこの pictureができてから王さまは殺されわたくしどもはいっしょに しゅっけ出家 entering the priesthoodしたのでしたが てきおう敵王 enemy kingがきて てら temple to burnとき ふつか二日 two daysほど ぞくふく俗服 vulgar clothes to wearかくれているうちわたくしは こいびと恋人 loverがあってこのまま出家にかえるのをやめようかと思ったのです。)

   ひとびと人々 people あつま って to assemble くちぐち口々 unanimously叫びました。

(雁の童子だ。雁の童子だ。)

  童子はも いちど一度 once、少し くちびる lips うごかして (vt) to move、何かつぶやいたようでございましたが、須利耶さまはもうそれをお聞きとりなさらなかったと申します。

  私の知っておりますのは ただ mereこれ だけ (uk) onlyでございます。」

  老人はもう行かなければならないようでした。私は ほんとうに truly なご名残 しく regret思い、 まっすぐ uprightに立って がっしょう合掌 (vs) pressing one's hands together in prayerして申しました。

とうと precious ものがたり物語 taleをありがとうございました。 まことに really たが mutual、ちょっと沙漠の へり borderの泉で、お眼にかかって、ただ ひととき一時 short timeを、一緒に過ごしただけではございますが、これも かりそめ trifleのことではないと ぞん じます (hum) to know ほんの just とお りがかり to happen to pass byの二人の たびびと旅人 travellerとは見えますが、実はお互がどんなものかもよくわからないのでございます。 いずれ whereはもろともに、 スガタ善逝 [※6]の しめ された to indicate光の みち road すす to advance、かの むじょうぼだい無上菩提 [※7]に いた to comeことでございます。それではお わか farewellいたします。 さようなら (uk) good-bye。」

  老人は、黙って礼を かえ しました (vt) to return something。何か云いたいようでしたが黙って俄かに向うを向き、今まで私の来た方の あれち荒地 fallow (land) とぼとぼ trudgingly歩き出しました。私もまた、丁度その はんたい反対 oppositionの方の、 さびしい desolate いさ石原 stone fieldを合掌したまま進みました。

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●入力者注

※1  流沙= ちゅうごく中国 Chinaのタクラマカン さばく砂漠 desert to point

※2  沙車=タクラマカン砂漠にあったといわれる こだい古代 ancient times とし都市 town

※3  眷属= いちぞく一族 a family いみ意味 (vs) meaning

※4  外道= ほか other おさむ Osamu (g) しんじゃ信者 believerの意味。 ぶっきょうと仏教徒 Buddhistsが他教の信者を指す さい in case of つか使 to use

※5  天山=中国・キルギスタンの くにざかい国境 boundary (nation, state, etc.)近くにある さんみゃく山脈 mountain rangeを指す。

※6  善逝= ぼんご梵語 Sanskritで、 さと Buddhist enlightenment とうたつ到達 (vs) reachingした者の意味。

※7  無上菩提=無上はこの のぼ ない to rise、菩提は悟りのこと。

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底本:「インドラの網」 かどがわ角川 Kadogawa (s) ぶんこ文庫 library、角川 しょてん書店 bookshop

      1996( へいせい平成 Heisei (reign of Emperor)8)年6月20日 さいはん再版 reprint(ing)

底本の おや parents本:「 しん (pref) new こう (suf) -school本  宮澤賢治 ぜんしゅう全集 complete works つかま筑摩 Tsukama (loc) しょぼう書房 library

      1995(平成7)年5月 はっこう発行 issue (publications)

入力:浜野智

こうせい校正 (vs) proofreading:浜野智

1999年7月26日 こうかい公開 (vs) presenting to the public

1999年8月26日 しゅうせい修正 (vs) amendment

あおぞら青空 blue sky文庫 さくせい作成 producingファイル:

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Additional readings and English translations added by Michael Koch (tensberg@gmx.net). All errors are probably mine.